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σκωρ
僕の住む北海道道南は真っ白な雪に包まれております。


全てを白く埋め尽くす雪…。雪の降らない地方の人はマンゴーにでもしゃぶりつきながら「北の国から」で描かれたような美しい雪景色を思い浮かべ、「俺っちも雪景色を堪能したいズラ」とかなんとか言っているんでしょうね。実際この時期は、そういったものを求めて南国の人が北海道を訪れているようです。

しかしですね、雪が白ければ白いほど、美しければ美しいほど、「醜さ」が際立ってしまうものもあるのです。

この時期、北海道のありふれた道を10分も散歩すれば、おおよそ20個くらいの犬のフンやら尿によるマーキングの痕跡やらを発見することができます。春夏秋はアースカラーの効力で、ギリースーツを着て潜むよく訓練されたハンターのように地面に溶け込んでいたそれらが、この時期は黄色や茶色の鮮烈さをもって情熱的に自己主張してくるんです。「ある季節になると人目をひく」というそのパターンだけみると、春に色鮮やかに花開く桜みたいですが、しょせんは排泄物です。

奴らはなにも雪の表面にあるとはかぎりません。子供のころ、雪に興奮して掘りかえしながら遊んでいたら、雪の中から凍結保存された犬のフンがコロリと出てきましたからね。何だコレ?って手にとってそれと気がついた瞬間。それはまさに手編みの手袋が穢れた瞬間ですよ。手編みの手袋の、神聖なる処女性が無常にも穢され消失した瞬間ですよ。

しかも、あの雪の中に埋もれた犬のフンは(もしかしたら人間のかもしれません)、あたかも永久凍土で眠り続けるマンモスのようにアンチエイジングされて未来の僕らへと託されるんですよ。

そして、春になり雪が溶けたとき、純白の中で時を止め封印されたその全貌をさらけ出すんです。


ーそして時は動き出すー


もうね、あたり一面うんこウンコうんこ。なんていうか、ウンコのフロギストンが抜けたあとのような白くスカスカになったものから、できたてホヤホヤのウンコがそのまま急速冷蔵されたような、もしそれが大間のマグロであれば数百万円という値が付きそうな最高のコンディションのものまで、がっかりするほどたくさん出てくるんです。

北国に春を告げるのは緑じゃない、ウンコなんですよ。大人たちはキレイな言葉で真実を誤魔化してしまうんだ!


ああもう。僕は「うんこ」とか、そういう下品な言葉はできれば使いたくないんですよ。会話でもこのブログでもいつも避けているんです。できればせめて「feces」みたいな科学の香りのする単語を使いたい……っていうか香りはウンコなのは変えようがないんですけど。とにかく「うんこ」で満ちた外界を散歩すると、「宇宙論」とか「進化論」みたいなアカデミックで崇高な思想が駆けめぐっている僕の思考回路に「うんこ」が無断ダウンロードされてしまうんですよ。

そうなると当然、僕の脳、神経組織の末端まで「うんこ」という単語が展開され実行されてしまうわけで、当然の帰結として、北海道の雪を思うとき必ずセットで「うんこ」を連想してしまうということになるわけです。

だから、北海道の雪を語ろうと思ったら、その前にウンコを語らずにはいられないんです。っていうかむしろ、雪については全く語ることなくウンコのことばかり語ってしまうという本末転倒なことになってしまうんです。いや本当に、今日は雪の美しさについて書くつもりだったんですけど……あれぇ?


だけど考えてみるとね、目立ちたくないのに周りとのギャップにより目立ってしまう、そんな冬のウンコはまるで僕のようではないですか。周りの人々が楽しげであればあるほど、みじめさが際立ち浮いてしまう自分。社会の中での異物感。

でも、だからといって「自分はうんこ」だなんて言ったら悲しくてやり切れないですから、「自分は荒野に咲く一輪の花である、『人見るもよし人見ざるもよし我は咲くなり』」と自分に言い聞かせ、毎日を過ごしているのです。


そんな風に、名も無き花のように強くたくましく生きている僕です。ただ、青空文庫から太宰治の「人間失格」をダウンロードして久しぶりに読んでみたところ、ある人が主人公を評した「だめね、人間も、ああなっては、もう駄目ね」っていう一文が目にとびこんできまして、どういうわけか僕の心がひどく傷つきました。僕の心のやらかい場所をしめつけました。

っていうか、勢いのままに書いた今回の文章なわけですが、そのなかに宝石のように散りばめられた、たくさんの「うんこ」という単語の数ときたら。そんな幼稚園児みたいなテーマの文章と自分の年齢を照らしあわせて考えてみたところ、ああ、やっぱり僕はダメ人間だと思いました。しみじみそう思いました。恥の多い生涯を送って来ました。



そんな感じでですね、今年の北海道はあまりにも寒いので、僕のアパートの水道が凍結して止まってしまったというお話でした。うんこ?何のことです?ちなみに、僕のようなダメ人間以外の人に青空文庫でオススメするなら断然寺田寅彦のエッセイです。100年前に書かれたエッセイですが、現代に通じるテーマや問題提起があって、とっても面白いですよ。
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macbook
新しいコンピュータを解体。いや解体してどうすんだ、買いたい。Airでもproでもいいからmacbookが欲しい。


ここのところそればかり考えています。考えてみると、コンピュータというものは交換時期の判断が実に難しいんです。時間が経てばスペックは陳腐化していきますし、ソフトウェアのアップデートやらOSのアップデートでコンピュータは徐々に遅くなってはいくんですけど、それは真綿でクビをしめるようなゆっくりとした変化ですから、よほどのことが起こらないかぎりはなんとか使えてしまうんですよね。

じゃあ今まではどういうタイミングでコンピュータを買い換えていたのかというと、突然画面がブラックアウトしてご臨終だったり、出来立てホヤホヤのカップラーメンをノートパソコン全体ににたらふく食べさせてご臨終だったり、僕の不在時に何者かがPCに水をかけてご臨終だったりといった、涙なしでは語れない思い出深いイベントがきっかけでした。しかし、そんなことが起こると仕事にも支障をきたしますから、早めに新しいコンピュータ環境に移行しておきたいんです。って言っても今のコンピュータも使えてはいるんですけど。


僕が使っているmacbookは5年前に購入したものです。思えば、macであるにもかかわらずそのコンピュータ人生の大半をwindows専用マシンとして使用され、熱烈なマックユーザーからは「偽物」だとか「appleに対する裏切り」などと謂れのない誹謗中傷を受けた悲しいコンピュータです。

最近になってようやく僕の仕事環境がmacだけで完結するようになりましたので、ここ数ヶ月はmac専用macbook(本当は当たり前なんですけど)として働いていたのですが、今やphotoshopやらillustratorの起動に数分を要し、重量級のソフトを複数起動すると編集中の重要な文書が落ちてしまうというありさまです。使えないこともないけれど使い勝手が悪いという、まるで職場における僕のような絶妙なダメさ加減。

とはいっても、今までにもACアダプターを交換したりバッテリーパックを交換したり(しかも2度)キーボードパネルユニットを交換したりHDDを交換したり大切な写真が詰まっていたり、このmacbookはある意味ものすごく愛着があるんです。もしかしたらHDDをSSDに交換すると速度が改善するかもしれないんですが、いまからそういった追加投資してもそれに見合ったパフォーマンスが得られるかどうかとなると難しいところです。


そういうわけで、買い替えを考えているんです。

しかし、新しいコンピュータを買うとなると10万円くらいはします。10万といえば、アフリカの恵まれない子供たちを星の数ほど救えちゃうお金ですよ。10万円持って昭和初期にタイムスリップしたら痛風になるまで贅沢三昧できます。それに、もし北朝鮮で10万円も使えたなら、若将軍さまに抵抗するレジスタンス組織の1つや2つは作れてしまうかもしれません。そのくらいの大金です。とにかくですね、アフリカや北朝鮮の子供たちのことを思うとなかなか購入に踏み切れない、今はそんな悩ましい状況なんです。

そんな気分を紛らわすために、モバイルwifiを契約したときにタダでもらったネットブックPCを下の写真みたいに似非マック風にカスタマイズしてみたりしたんですが(人はこれを代償行動と呼びます)、所詮はパワー不足のネットブックですので味わえるのは雰囲気だけ。これで作業をバリバリというわけにはいきません。



そんなわけで、高まる気持ちを抑えきれないままに、毎日ネットでapple storeを覗いては商品を選択してみるものの、結局購入にはいたらずブラウザを閉じるという不毛な行為を繰り返しています。なんていうか、恋する乙女みたいな気持ち。いやだ、アタイったら。

とりあえず、下の3つがアタイが想っているマシンです。3つだなんて移り気なアタイ。



持ち運びのことを考えるとmacbook air 11inchなんですが、SSDの容量が少ないんですよね。写真等のデータは外部の記憶装置に保存するにしても、容量を気にしながら使うのはストレスになりそうです。実際の作業や長く使うことを考えるとパワー的にmacbook pro 13inchなんですが、持ち運びはやっぱり辛そう。その中間といえばmacbook air 13inchになるんですが、どっちつかずで中途半端でもあるような。サイズを取るかパワーを取るか。さらに今年には更に解像度がアップしたmacbook proが発売されるなんて噂もあり、優柔不断な僕の決断を鈍らせる要素はたくさんです。

とりあえず、明日にでもマクドナルドにいってマックを食べてこようと思います(代償行為)。


ちなみに、上のアマゾンのリンクをクリックして誰かが何かを購入すると、その何%かがアマゾンギフトカードとして僕の懐に転がり込んでくるカラクリになってまして、計算上400万円ほど買っていただくと僕がポイントでmacbookを買えます。そういうわけですから、家計の事とか将来のことはこの際忘れて、欲望の命ずるままに散財をよろしくお願いいたします。
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我が愛馬その名はインテグラ

静かな夜には昔懐かしい歌でも聴きたくなるものです。


今日は遅くまで仕事をしていたのですが、職場を出る頃には雪がシンシンと降っていまして、そんな気持ちになりました。車のオーディオにipodを接続し、リストの中から「The bangles」を選択。the banglesは「Eternal flame」など数々の名曲を生み出した、アメリカの女性4人組バンドです。まあ、そんな昔懐かしロックミュージックを聴きながら30分の帰り道をドライブしたくなったのです。

愛車ホンダインテグラのエンジンに火を点し、雪道へ。僕はいつも通勤には「函館新道」という高速道路を使います。高速道路と言いつつも、ほぼ全面片道一車線ですから、40キロで疾走するおばあちゃんの軽自動車などが前を走っていようものなら普通の国道よりも時間がかかってしまう、そんな次世代型高速道路です。

ちなみに、「この40キロで高速を走っている車は高速道路を降りたらいったい何キロで走るのだろう?」と後ろを付いていってみたら相変わらず40キロで爆走していました。論語では「40にして惑わず」とありますが、そういうことなのだと思います。勉強になりました。


まあとにかくそういう函館新道を走っていたのですが、今日は雪が多い。多いっていうか前が全く見えません。「幻想的に雪が降る道路をちょっとセンチな気分でドライヴ」みたいな気分だったはずが、途端に恐怖のまっただ中です。熟練の登山家でも遭難を意識するレベル。風で雪が巻き上げられたりすると視界0メートルですよ。完全にホワイトアウト。怖い。もう音楽なんて聴いている場合じゃありません。おばあちゃんの運転にならって40キロ以下のスピードで走っていました。今や高速に乗っているとはいっても、高速なのは脈打つ僕の心拍数だけというありさま。

しかしですね、どういう理屈かわからないんですが、トラックというのはそういう状況であっても果敢に迫ってくるんですね。あの状況では絶対に前は見えていないと思うんですが、車間15メートルくらいでピッタリとくっついてくるのです。インテグラはボディが軟弱で有名なホンダ車ですから、トラックにぶつけられると自分ごとスクラップになることは間違いありません。でもやっぱり前は全く見えない、そんな状況です。追い詰められて「ママ〜」くらいは言ったかもしれません。


……そんな時、やっぱり音楽っていうのは自分を助けてくれるんですよね。No music, no lifeですよね。車のオーディオから大音量で流れる曲の、そのタイトルはThe banglesの名曲「Crash and burn」ですよ。





……ええ、助けてくれてませんね、っていうかむしろ死を意識しましたよね。なにか暗示的なものを感じましたよね。

まあ、いろんな不吉なサインを乗り越えていまここにいるわけですけど、ほんとちょっと久しぶりにヤバイと思いました。みなさんもくれぐれも雪の降る日の運転には気をつけてください。

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